やっぱり放射線は痛くもかゆくもない。。。

こんばんは。さすけです。

今日は家の話から少し離れます。先週は、出張で福島県の計画的避難区域に行ってきました。(計画的避難区域に入るためには各市町村の許可が必要です。)

上の写真は、飯舘村の写真ですが、私が手に持っているのは簡易な放射線測定器です。
線量は6.3マイクロシーベルトで、1年間ここに立っていると約55ミリシーベルトになります。

現在の年間放射線規制値は20ミリシーベルトですから約2倍に達します。

場所によっては、この放射線測定器の測定限界である9.999マイクロシーベルトをオーバーしていました。

他の測定器の計測値では、16マイクロシーベルトでしたから年間の放射線量は140ミリシーベルトに達します。

いまだに、警戒区域の外側にある計画的避難区域でもかなり高い放射線が観測されています。

一方で、南相馬市にあった警戒区域(第一原発から20km圏内)の境では、放射線量は毎時0.1マイクロシーベルト前後で、人が住んでも問題がないレベルになっていました。にもかかわらず、一律に決定された同心円状の警戒区域のせいで、もとの生活に戻れない人たちがいます。このような状況は迅速に見直しを行う必要があると思います。

行ってみて改めて強く感じたのは、放射線は痛くもかゆくもないこと、そして味も臭いもない、そんなことでした。

馬鹿か、行かなくてもあたりまえじゃないか、と言われそうですが、行ってみて改めて思い知らされました。

先ほど上げた、毎時10マイクロシーベルト以上の場所でも、放射線測定器を手にしていなければまったく何も感じません。むしろ、雪景色と山々の風景で都会よりも気持ちよくさえ感じます。でも、人が住むにはリスクが高い場所になってしまっています。

今回の事故で放出された放射性ヨウ素はたった数十グラム、放射性セシウムであっても数キログラムと考えられています。ペットボトル1本程度の水に等しい重量の放射性物質が飛散しただけで周囲何十キロにもわたって影響を及ぼしています。本気で除染を行えば、何兆円もかかるでしょう。東電が対処することは不可能な額になるのは目に見えており、国が対策をとらざるを得ないでしょう。

そんなことおかしいじゃないか、東電が起こした事故なのだから東電が責任を取るべきだという議論は、感情的には非常に良く理解できるのですが、おそらく無意味です。東電にはそれほどの額の賠償を担うだけのお金がないのですから。。。
じゃあ、倒産させてしまえと言う乱暴な議論もあります。しかし、現状で東電が倒産した場合、発電の担い手がいなくなってしまいます。東電に倒産されては困るのです。
じゃあ、東電の社員の給料を下げろと言う議論もあります。これは一定程度は仕方ありませんが、極端に下げれば人材の流出を促します。しかも優秀な人材から順に流出することになりかねません。彼らにも生活がかかっています。当然の選択ですし、それが市場経済です。

では、どうすれば良いのか?

私にはわかりません。。。長期的には、発送電分離、分散電源等を用いた新たな社会システムを構築することが必要であり、その議論を開始しなくてはならなくなると思います。当然、電力価格も上がるでしょう。

短期的には、かなり残酷な議論が必要になることだけは確かです。すなわち、一定以上の除染をしないという決定はどこかで必要になってきます。政治化には早くその決断をして欲しいと思います。しかし、この決断をした段階で政治生命は終わるかも知れず、現時点では、その決定どころか議論さえできる政治家がいないことが問題のように思います。

 

多くの住民が自主的に避難し、顧客がいないのですから仕方がないですが、雑草が生い茂り、放棄されていました。早くここに多くの人がこれる状態になってくれればと思います。

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