これまでブログに書けなかったこと、バトンと家と子供とプランジャパン(上)

こんばんは。さすけです\(^o^)/

 

昨日、スペシアさんから「バトン」が回ってきました

でね。私はスペシアさんに感謝しなければなりません。

というのも、このバトンが回されたことをきっかけに、これまで書くべきか、書かない方が良いのかをず~っと悩んでいたことを「書こう!」と思うきっかけになったからです^^

バトンはなが~い文章の後に回答します(←なぜ長くなる??)

それから、本日の内容は、家とはほとんど関係ありません。内容としては私が家づくりの過程で悩んだことの一部ではあるのですが、多くの人の家づくりの役にたつか?といえば役に立ちません。

とりあえず、今回の記事は2部構成になっています^^;

続きは「これまでブログに書けなかったこと、バトンと家と子供とプランジャパン(下)【しばらくしたらアップします】」です。

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バトンとアイス・バケツ・チャレンジ

今回、一条工務店ブログの間で流行しているバトンというのは、ブロガー同士で同じ質問を回答していって、次の回答者を指名するというものです。

今回のバトンはトミーさんがはじめられたのですが、これを見たとき、アイス・バケツ・チャレンジを思い出しました。

ご存じの方がほとんどと思いますが、アイス・バケツ・チャレンジは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病について多くの人に知ってもらうため、氷水をかぶってYoutubeに公開するか、100ドルを寄付するか、を決めて次に対象となる3人程度の人を指名するという社会運動の一種です。

 

ちょっと話がそれますが、私は職業として一応科学者の端くれに身を置いているのですが、私が科学者になりたい!と思うきっかけになったのは、車いすの科学者として有名なスティーヴン・ホーキングさんが書かれた「ホーキング、宇宙を語る」という本が一つのきっかけになりました。

この本が発売されたのは1988年で、私が小学校6年生のときでした。当時、この本は国内で110万部も売れた科学書としてはありえないミリオンセラーだったので、ご覧になったことがある方もいらっしゃるかも知れません。なぜこの本を欲しいと思ったのかはよく憶えていないのですが、本屋で見かけて、親にねだったところ、難しすぎる、高い、と言われたのでだだをこねて最終的に買ってもらったことは良く憶えています。小さいときから宇宙のことが大好きだったので、「宇宙を語る」にひっかかったのだと思います^^;

ただ、読まれたことがある方がいらっしゃれば分かっていただけると思いますが、内容は一般相対論からはじまって、当時最新の量子論、そして宇宙論、そこから見えてくる時間と空間の概念といった小学生には到底理解できるような内容ではなく、内容はさっぱり分かりませんでした^^;;でも、そのさっぱりわからなさ加減心地よくて、誰に聞いたかは忘れましたが、この本を読むのには「物理学」というものを知らなければいけないことを教えてもらいました。いや、小学生の私は一応、本に書かれた文字を追ってはみましたが、本当に本気で全く理解できなものでした^^;ただ、そこに書かれた図はなんとも格好良いものだったのを憶えています。結果的に、大学では物理学を専攻することになって、そこから紆余曲折あって物理とは全く別世界ではありますが、科学(なのか?)の世界に身を置いている今があります。

そんな背景もあって、この本の著者であるスティーヴン・ホーキングさんはアイス・バケツ・チャレンジで話題になったALSに罹っていることを知っており、何となくこの運動の流れを見ていました。ちなみに、私がALSを知ったのは先の本がきっかけでしたが、その後に知ったこの病気の最終的な状態であるブラックアウトという状態にものすごい恐怖を感じたことを覚えています。ブラックアウトというのは、ALSが進行し、手足の筋肉が動かない状態から始まり、最終的に脳は動いているけれど全身のほとんど筋肉が動かなくなり、それにもかかわらず脳は正常でかつ目も見えているという状態です。すなわち、外部からの情報は通常通り入ってきて、考えることはできるのに、考えたことを外部に伝える術を全て失ってしまう状態です。自分がそんなことになったら、ともの凄く怖かったのを憶えています。

 

ちょっと話がそれましたが、このALSの認知向上を図ることを目的に行われたアイス・バケツ・チャレンジとバトンは、その内容などに違いはあるものの、ある種の、言い方は悪いですがチェーンメール的な広がりを持っている点で似ているな~と思ってしまいました。

寄付はなぜ批判されるのか?

先のアイス・バケツ・チャレンジは一種の流行のように一時的に大きな盛り上がりを見せた後、批判が続出してブームが去って行きました。

この時に出てきた批判の主なものは

  1. ALSのような難病問題を遊びの延長に乗せるべきではない、売名行為のような商業行為に使うべきではない。
  2. 寄付を強請するような行為に対する嫌悪感
  3. そもそも寄付という行為に対する忌避感

が主なものであったのだろうと思っています。

特に1の「寄付行為を芸能人の売名行為のような商業行為につなげるべきではない」という議論が多かったように思っています。ただ、個人的には「売名行為と寄付行為を併せることの何が悪いのか?」が全く分かりませんでした。正しくは、そこに嫌悪感を憶える人が存在する事は理解できても、それが悪いとやおら批判することの意味が理解できなかったのです。

アイス・バケツ・チャレンジの目的は、ALSという病気への理解が低く、その研究資金の確保も難しい中で認知向上と寄付による研究資金の獲得が目的でした。そうであるならば、それが遊びの延長であったとしても、さらには、異なる商業行為の延長であったとしても、大きな成果が得られているように思うのです。そこで、どの程度の売名行為を行うかはある種の品位の問題だろうとは思うのですが、行動もせず、調べもせず、売名行為が伴っていたとしてもそれを知るきっかけになったのならば、それで良いのではないか?などと思っていました。

唯一、結果的にそれが一時的な流行で終わってしまったという点では残念ですが、1人が3人を指名していく以上早晩終了することは分かっていたことですから問題ないのかも知れません。

寄付を強請する行為に対する嫌悪感というのは、個人的には理解ができます。これは、私自身も持っている感情です。そして、だからこそ、今回の記事を書くべきなのかを悩んでいた部分でもあります。

寄付という行為そのものに対する忌避感は、非常に漠然とした感覚として理解できなくはないものと思っています。

私が大学院生だった頃、はじめてアメリカに一人で行ったときの最大のカルチャーショックは、この「寄付行為に対する価値観の違い」でした。

アメリカに行って、何気なくコンビニに入ろうとしたらコンビニの前に浮浪者が毛布にくるまって座り込み、無表情のままコンビニから出てくるお客さんにコップを差し出していました。日本であれば、店員に注意されるか、警察に通報されるか、それがなかったとしてもコンビニから出てきたお客さんはその浮浪者を存在しないかのように無視するのが一般的と思います。

そのとき居たのはシカゴで、予約した宿はあまり治安のよくない地域にあり、そんな地域だったらなおさらみんな無視をするものとばかり思っていたのです。私自身、コンビニに入るときその浮浪者に恐怖を感じつつ、目を合わせないように、あたかもそこに存在しないかのようにしてお店に入りました。お店から出るときもそうするつもりでいました。

ところが、お店から出るとき、すでに会計を済ませた別のお客さんが私の目の前で、しかも2人立て続けに、おつりの小銭をその浮浪者のコップに入れたのです。特段声をかけるわけでもなく、でも、特別な感情もなく、日常の風景のように小銭を浮浪者のコップに入れていたのです。正直、驚きました。

その後、お店から出て、店とは反対側の道路にわたって、その浮浪者がいるコンビニから出てくるお客さんの行動を観察していると、もちろん全員ではありませんが、結構な割合でその浮浪者に小銭を渡していくのです。なんというか、意味が分かりませんでした。

当時の私にとっての「寄付」とは、駅前で行われている交通遺児や赤い羽根などの募金活動に寄付をするという行為のことであって、駅で見かければ募金箱を抱えた中高生の胸の前に抱えられた募金箱にお金を入れる行為こそが、私にとっての寄付でした。

私にとっての「寄付」には、ある種の特別な感情が伴っていて、それは「良い事をしている自分」への自己評価向上のように自尊心と一体となったような、ある種の特別な感情が伴う行為でした。

しかし、アメリカで見た浮浪者への寄付行為は、両者ともに顔色一つ変えず、ちょうど小銭を右手に持っていて、右手の先にちょうど浮浪者が差し出すコップがあったのでコインを手放す行為であるかのように写り、そこに特別な感情が介在しているようには見えなかったのです。その「特別な感情を伴わない寄付、または施し」というものが存在することに大きなカルチャーショックを受けたのです。

私自身は、「寄付とはこうであるべきだ」という信念や、「アメリカの寄付のあり方が正しい」といったことを言いたいわけでは全くありません。しかし、このことをきっかけに自分の中での「寄付」のあり方のようなものを考えることとなりました。

 

国内福祉への支援と途上国支援は政府が行うもの

「寄付」というもののあり方を考えて行く中で、交通遺児への教育支援や障害者の自立支援といった行為は、寄付によらず政府が税によって行う国内の福祉サービスとして提供されるべきだという考えがあります。

個人的には、この考えは正論と思います。寄付という、ある種、第三者の「気まぐれに依存した行為」に依存するのでは福祉サービスを安定して提供ができなくなってしまい、結果的に福祉を受ける側の人の不利益に繋がってしまうという考えは合理的にも思えます。

しかし、現実問題として、政府の福祉サービスが「完璧である」ということはありませんし、福祉サービスに「完璧さ」を求めれば、それはいわゆる大きな政府を追及することになります。それはすなわち、税金の値上げを意味します。

日本は民主国家であり、政治家は選挙によって選ばれます。選挙はある種の多数決である以上、当選した政治家は将来の自己の当選を求めるならば「より多くの人から指示を得られる政策」に重点を置くことが求められます。現在の日本であれば、出生率が低下し、乳児を抱える世帯は減少している一方、高齢者は増加の一途を辿っています。当然、乳児を抱える有権者よりも、高齢者である有権者の方が多くなります。政治家が自己の当選を安定的なものにするためには、高齢者サービスを優先することが合理的となり、結果的に乳幼児や子供への福祉サービスは後回しとされます。これが交通遺児や発症例の少ない難病になればなおさらです。

このような状況を見て、これを政治家の責任だ、などと言うつもりは全く思っていません。これは、ある種民主主義の限界なのだろうと思います。だから、社会主義が必要なのだという時代錯誤なことを言うつもりは全くなくて、政治による意思決定にたよった福祉サービスである以上、その限界があり、そこに「寄付」という行為の存在価値があるのだと思っているのです。

国内福祉は数の大小はあるものの、その人々が日本人であれば福祉サービスを受ける側であると同時に、現在か将来かは別として有権者でもあるわけですから、日本政府の提供する福祉サービスのあり方に関与する機会を持っています。

 

しかし、発展途上国への支援ではどうでしょうか?

世界には多くの途上国が存在しています。これらの途上国に住む人々は、当然貧しい国家に住んでいるためその国が提供する福祉サービスには期待できません。そのため、先進国からの援助に依存せざるを得ない国や地域がたくさんあります。しかし、これらの国々に住む人々は日本の有権者になることはないわけですから、私達日本人の選択よって、途上国の人々が受ける福祉サービスの質が決定していると言っても過言ではないと思っています。

そうであるならば、途上国への国際支援は、私達の誰かが常に考えていなければ、簡単に削減されてしまいかねないような非常に曖昧な支援であると思うのです。結果的に、途上国支援は「その必要性によって決定されるのではなく、金額によって決定されている現状」があると感じています

どういうことかというと、一般的な国内福祉サービスは「乳児に対して新たな予防接種が必要だから何百億円の予算が必要」という形で、必要な福祉を提供するためにお金が準備されます。一方で、途上国援助は「現在の日本のGDPはXXX兆円だから、そのY%であるZ兆円を途上国支援に回す」といった判断がされていると思っています。この時「途上国でXXという福祉の提供が求められているからXX円の援助をする」というニーズに応じた福祉は必ずしも提供されていないのではないか?と思います。もちろん、総額が決定した後は必要性や緊急性、そして日本の国益までを含めて包括的な判断の下で援助が行われているので、全くニーズがくみ取られていないと言うことはありませんが、それでも国内福祉とは全く違う形である事は間違いないと思っています。

そう考えたとき、自分が寄付をするならば国内福祉に向けた寄付ではなく、途上国支援に資する寄付をしたいな~と考えるようになりました。あくまでこれは私の価値観であり、国内福祉でも政府による福祉が全く行き届いていない分野はたくさんあると思っており、そういったことに対する支援を重視する人が居るのは当然ですし、そうであって欲しいと願っています。寄付という行為はある種の自発的な行為である以上、1カ所に集中してしまうのではなく、個々人が自分の知識や考えの中で多様に行われてこそ、「政府のように大きな存在では気がつけない福祉が提供できる」と思っています。

 

日本政府の途上国支援は十分か?

発展途上国への寄付、というこういについて考える際、気になった事として、日本政府は日本の規模に対して十分な途上国支援をしているのだろうか?ということでした。

日本政府は途上国援助の形として、ODA(政府開発援助)を行っています。外務省の資料によると日本が行っているODAの金額は1990年代以降、現在に至るまで概ね100億ドル、すなわち1兆円で推移しています。

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ODAを寄付と同列に扱うことに抵抗を覚える方もいらっしゃるかも知れませんが、私はいくつかの途上国で、日本政府がODAや円借款によって行った事業や福祉サービスの現場を見たことがあります。その現場ではそれらの福祉サービスや施設がその国の人々に対して自己の経済的独立の支援に繋がったり、または、その国の人々に有益なサービスとして提供されているのを目の当たりにしたことがあります。外務省が行う海外支援というと何となく拒否反応を示したくなる気持ちも分からなくはないのですが、ODAが途上国にとって有益である事は間違いないと思っています。

 

そのODAを通じて、金額的に変わることなく1兆円も「寄付」しているなら良いではないか?という考えもあるのかも知れません。

しかし、私はもう少し違った部分が気になりました。1990年代は日本はアメリカも抜いて世界1位の途上国支援国でした。しかし、2000年以降はその金額は次第に追い抜かれており、いわゆる先進国の中でもアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに続いて4位になってしまっています。アメリカの経済規模は日本よりも遥かに大きいので順位が逆転することは良いと思いますが、イギリスやドイツ、フランスは純粋な経済規模で日本よりも小さな国になります。にもかかわらず支援金額は日本を上回っているのです。

このことは、国民所得当たり、すなわち非常に大ざっぱに言えば私達がもらった給与額面のうち何パーセントが途上国支援に使用されたか?を見てみるとはっきりしてきます。

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国民所得当たりの途上国支援額は、0.17%となっています。すなわち、私達の年間給与額面のうち0.17%が途上国支援に向けられていることになります。仮に給与額面が500万円であれば8500円が途上国支援に使われることになるということを意味します。

 

労働時間と途上国支援額

日本政府が行っている途上国支援には、私達の労働の0.17%に相当する額が回されていることを知って、少し考えました。

金額は多ければ多いほど途上国の人々は助かるかも知れませんが、だからといって私達自身の生活や国内の福祉サービスをおざなりにして途上国支援をするというのも違うように思っています。

しかし、それでも正直、私の感覚ではこのパーセンテージは少なすぎると感じたのです。

私達が1年間に働く日数はおおよそ220日です。1日8時間労働として1760時間働いていることになります。

この1760時間の労働の0.17%ということは2.9時間、すなわち1年間の総労働時間のうち約3時間分だけ途上国の人々のために働いているということを意味します。

あくまで個人的な感覚ですが、1年に1日ぐらいは言ったことも無い途上国で困っている人のために働く日があったって良いんじゃないか?と思ったのです。1年のうち1日の収入を途上国支援に回すと言うことは収入の0.45%を途上国支援に回すことを意味します。現時点で0.17%ですからざっくり0.3%が不足していることになります。よって、年間の額面収入の0.3%から1%の範囲内であれば寄付に回しても良いのかな?という感覚を持つようになりました。おおよそで、1年当たり1日か2日くらいなら途上国の役に立つ形で他人のために働いたってよいんじゃないか?と思ったのです。

 

その日は唐突にやってきた

そんなことを考えはしたものの、実際に寄付をする行為に結びつくことはなかなかありませんでした。。。。

考えることと実行することの間には結構な距離があります。。。

寄付はしても良いけれど、寄付という行為を実際に行う手続きが面倒、という人は多いように思っています。私も例にもれずその一人でした。

そんなある日、自分自身が上記を実行するきっかけになる出来事がありました。2009年に行われた「定額給付金」の支給です。

何の脈絡もなく、景気対策として大人一人1万2000円、子供は2万円がばらまかれたあの政策です。

国民全員にお金をばらまくという行為は、確かに一定の経済効果が見込まれます。これは減税ではなく、お金を返すという行為だからこそ得られる効果です。

この政策は、個人的にはどうにも釈然としないものがありました。これが、何らかのお店からの返金であれば、喜んで受け取ります。しかし、選挙で選ばれる側が選ぶ側に対してお金を配るというのは、票の買い集め行為に写るのもそうですが、私個人としては「お金を恵まれた感」がありどうしても受け入れられないものでした。

くれるというものを受け取らないのは私の性分にはあいませんので、受け取った上で、このお金を寄付に回してしまおう、と考えたのです。

ちょっと長くなりすぎました。。。2回に分けたいと思います^^;

読んでくれている方がいるかは分かりませんが、次回に続きます。

後半はこちらからどうぞ^^(書き上がったらこちらにアップしますが、まだアップされていないかも知れません)

っておい!家の話は???っていうかそもそもバトンの話はどうなったんだ?と思われるかも知れませんが、次回出てきますのでご容赦を^^;;;